大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

函館地方裁判所 昭和53年(ワ)179号 判決 1981年8月31日

原告

向井啓造

被告

函館日産自動車株式会社

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対し金一五九二万八八八二円および内金一四四二万八八八二円に対する昭和四六年五月三〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを四分しその三を原告のその余を被告らの各負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し金七〇七九万三九〇九円及び内金六五七九万三九〇九円に対する昭和四六年五月三〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

原告は次の交通事故により脳挫傷(左片麻痺)、左膝骨折、右膝側副靱帯・十字靱帯断裂、右腓骨神経麻痺、右骨盤骨折、神経因性膀胱の重傷を受けた。

(一) 日時 昭和四六年五月二九日午後八時四〇分ころ

(二) 場所 函館市五稜郭町三〇番四先道路上(以下本件事故現場ともいう。)

(三) 加害車 普通乗用自動車(函二一六八)

右運転者 被告斉藤良一(以下被告斉藤という。)

右保有者 被告函館日産自動車株式会社(以下被告会社という。)

(四) 態様 前記場所において道路を赤川方向から本町方向へ進行中の加害車と右道路を白鳥町方向から五稜郭公園方向へ(加害車にとり右から左へ)横断歩行中の原告とが衡突したもの

2  治療の状況

原告は、前記受傷により次のとおり入院、通院治療を受けたが、反射異常、平衡障害、排尿障害等の、自賠責後遺障害等級第五級第二号相当の後遺障害を残した。

(一) 入院

(1) 市立函館病院 昭和四六年五月二九日から同年八月二三日まで

(2) 洞爺病院 昭和四六年八月二三日から昭和四八年五月一八日まで

(3) 函館中央病院 昭和五二年二月二日から同月二六日まで

(二) 通院

(1) 市立函館病院 昭和四八年五月二二日から昭和四九年二年二六日まで

(2) 洞爺病院 昭和四九年三月四日から昭和五〇年七月二一日まで

(3) 函館中央病院 昭和五二年一月一九日から同年八月二五日まで

(4) 共愛会総合病院 昭和四九年一〇月一日から昭和五一年九月二〇日まで

(5) 札幌医大病院 昭和五〇年七月二二日から同年八月七日まで

3  責任原因

(一) 被告会社

(1) 被告会社は、加害車を保有しこれを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法第三条により、本件事故により生じた後記損害のうち後記物損を除くその余の損害を原告に賠償する責任がある。

(2) 本件事故は、被告会社の被用者である被告斉藤が被告会社の業務を執行中後記過失によりこれを発生させたものであるから、被告会社は、民法第七一五条により、本件事故により生じた後記物損を原告に賠償する責任がある。

(二) 被告斉藤

被告斉藤は、次に述べるとおり、本件事故の発生につき前方注視義務違反等の過失があるから、民法第七〇九条により、本件事故により生じた後記損害を原告に賠償する責任がある。

すなわち、同被告は、加害車を運転して、幅員約一八メートルの前記道路を赤川方向から本町方向に進行し、本件事故現場の直前に所在する、交通信号による交通整理の行われている変形五差路交差点に差しかかり、折から進行方向の信号が赤信号であつたため、これに従い同交差点入口に設置されている横断歩道の手前に加害車を停止させて信号待ちをした後、右信号が青信号に変わると同時に加害車を発進させ、長さ約八一メートルの同交差点内道路を直進して本町方向に向おうとしたものであるが、そのような場合、同被告としては進行方向の信号が青信号であつても前方をよく注視して横断歩行者の有無を確認のうえ加害車を進行させるべき注意義務があるのに、これを怠り、たまたま加害車の右側を併進中の自動車が進路前方の同交差点出口に設置されている横断歩道附近を無事通過したため、同所附近には横断歩行者はいないものと軽信のうえ、右道路の指定制限速度である時速四〇キロメートルをこえる時速約六五キロメートルで加害車を進行させたため、折から右横断歩道上を前記のとおり横断歩行中であつた原告を発見するのが遅れ、右発見後直ちに急停止等の衝突回避の措置をとつたが、間に合わず、加害車を原告に衝突させたもので、本件事故の発生については、同被告に前方注視義務違反等の過失がある。

4  損害

(一) 治療費 金六二八万七九三〇円

(二) 診断書、明細書料 金一万〇一〇〇円

(三) 入院諸雑費 金六二万〇九四五円

(1) 2(一)(1)、(2)記載の各入院につき金六〇万八四四五円

なお、右金額は、昭和四六年八月下旬ころ原告および被告ら間に成立した、実際に支出した入院諸雑費全額を支払う旨の合意に基づき、昭和四七年一月三一日および昭和四八年四月三〇日の二回にわたり、右各入院に伴う入院諸雑費として、被告らから原告に支払われたものであつて、右各入院に伴う入院諸雑費を右の金額とすることについては、原告および被告ら間に合意が成立している。

(2) 同(3)記載の入院につき金一万二五〇〇円(一日金五〇〇円として、その二五日分)

(四) 入院付添費 金一四二万九七〇〇円

(1) 2(一)(1)記載の入院につき金二〇万〇一〇〇円(一日金二三〇〇円として、その八七日分)

(2) 同2記載の入院のうち昭和四六年八月二四日から昭和四七年一月三一日までの分につき金三二万二〇〇〇円(一日金二〇〇〇円として、その一六一日分)

(3) 同(2)記載の入院のうち昭和四七年二月一日から昭和四八年三月三一日までの分につき金八五万円(一日金二〇〇〇円として、その四二五日分)

(4) 同(2)記載の入院のうち昭和四八年四月一日から同年五月一八日までの分につき金五万七六〇〇円(一日金一二〇〇円として、その四八日分)

なお、右各金額は、昭和四六年八月下旬ころ原告および被告ら間に成立した、右各入院付添費を右の各基準により支払う旨の合意に基づき、昭和四七年二月一六日および昭和四八年四月三〇日の二回にわたり、右各入院付添費として、被告らから原告に支払われたものであつて、右各入院に伴う入院付添費を右の各金額とすることについては、原告および被告ら間に合意が成立している。

(五) 子の監護費 金七一万六〇〇〇円

原告は本件事故当時、妻鶴江、長女智子(当時一四歳)および長男英一(同九歳)の三人と暮らしていたが、本件事故により前記のとおり頻死の重傷を受け、また、妻鶴江は右原告に対する昼夜の看病を余儀なくされ、夫婦とも右の子らに対する監護等に著しい支障をきたしたため、やむなく昭和四六年七月二〇日から昭和四八年三月三一日まで長女智子の引取監護を訴外石島國男に、昭和四六年五月三〇日から昭和四八年三月三一日まで長男英一のそれを訴外矢吹梅二にそれぞれ依頼し、その費用として前者につき金三二万円、後者につき金三九万六〇〇〇円合計金七一万六〇〇〇円を出捐し、同額の損害を被つた。

(六) 本人および家族等の通院交通費 金七万四三〇〇円

内訳は別紙「交通費支出明細」記載のとおり

(七) 傷害慰藉料 金三一五万円

(八) 後遺障害慰藉料 金五九〇万円

(九) 逸失利益 金五八八四万三八九八円

(1) 給与・賃金分 金三六三五万三一五四円

原告は、大正一五年一一月五日生れの男子で、本件事故当時北海道に函館土木現業所運転技術員として勤務していたが、本件事故に基づく前記後遺障害によりその労働能力の七九パーセントを喪失してその職務に堪えなくなつたため、昭和五五年三月三一日付をもつて五三歳で北海道を退職したものである。

ところで、本件事故がなければ、原告は昭和五五年四月一日以降も六七歳に達するまでの一四年間にわたり右北海道職員等として勤務し、その間北海道等から、少くとも、原告が右退職当時北海道から支給を受けていた給与額と同額の年額金四六四万八八〇四円の給与ないし賃金収入を得ることができる筈であつたが、本件事故により右のとおり退職を余儀なくされ、少くとも右収入の七九パーセントを喪失した。

右逸失利益につき、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、昭和五五年四月一日の時点におけるその現価を求めれば、金三六三五万三一五四円となる。

(2) 定期昇給分 金一八万一八〇二円

本件事故がなければ、原告は、少くとも、満六〇歳に達する翌年である昭和六二年の三月三一日まで前記北海道職員として勤務し、その間毎年一月一日付で本給月額が金二四〇〇円宛定期昇給するから、(1)で述べた収入のほかに、右定期昇給による収入を得ることができる筈であつたが、本件事故による前記退職のため、少くとも右収入の七九パーセントを喪失した。

ところで、北海道職員の夏期および冬期の期末・勤勉手当の合計は年間給与額の五か月分であるから、右定期昇給による収入の総額は二七万八四〇〇円であり、右金額からライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、前記時点におけるその現価を求めれば金一八万一八〇二円となる。

(3) ベースアツプ分 金三四六万七一四五円

北海道職員の給与額は昭和三六年から昭和五四年までの間年平均九・五三七四パーセントの割合で上昇を続けてきたものであり、この点からすれば、本件事故がなければ、原告は、(1)で述べた就労可能期間中、(1)、(2)で述べた収入のほかに、ベースアツプにより毎年少くとも金四四万三三七五円(前記収入年額金四六四万八八〇四円の九・五三七四パーセント)宛の収入を得ることができる筈であつたものというべきところ、本件事故による前記退職のため、少くとも右収入の七九パーセントを喪失した。

右逸失利益につき、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、前記時点におけるその現価を求めれば、金三四六万七一四五円となる。

(4) 退職手当差額分 金一二八一万一二五〇円

本件事故がなければ、原告は、前述のとおり昭和六二年三月三一日まで北海道職員として勤務したうえ同日付をもつて勧奨退職し、その際、北海道職員等の退職手当に関する条例により、その時点までの勤続期間およびその時点における本給月額(なお、右本給月額はその後毎年一回一月一日付をもつて行われる定期昇給、毎年一回行われるベースアツプおよび右勧奨退職に伴う優遇措置として行われる特別昇給により金四三万九一〇二円となる筈である。)を基礎として、金三一二九万九一九〇円の退職手当の支給を受けることができる筈であつたところ、本件事故のため、原告は前述のとおり昭和五五年三月三一日付をもつて退職したため、右退職手当として金一五五八万〇七二八円の支給を受けるにとどまつた。

しかして、右退職手当差額の逸失利益につき、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して昭和五五年四月一日の時点におけるその現価を求めれば金一二八一万一二五〇円となる。

(5) 退職年金差額分 金五六二万六九二四円

前述のように原告が昭和六二年三月三一日付をもつて北海道職員を退職した場合、原告は、地方公務員等共済組合法に基づき、同年四月一日以降平均余命期間であるその後の一六年間にわたり、右退職時点までの勤続期間および右退職時点における本給月額を基礎として年額二六五万八二三一円の退職年金の支給を受けることとなる筈であつたが、本件事故のため前述のとおり昭和五五年三月三一日付で退職したため、年額金一三六万九六〇〇円の退職年金の支給を受けるにとどまることになつた。

しかして、右一六年間における退職年金差額の逸失利益につきライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して昭和五五年四月一日の時点におけるその現価を求めれば、金一二〇九万一六一六円となるが、反面原告は本件事故による前記退職により、昭和五五年四月一日から昭和六二年三月三一日までの間に合計金六四六万四六九二円の退職年金の支給を受けることになつたので、損益相殺として右金額を右逸失利益の額から控除すれば、その残額は金五六二万六九二四円となる。

(6) 退職福祉給付金差額分 金四〇万三六二三円

原告は、北海道職員として昭和二九年五月一日北海道職員互助会に入会していたから、本件事故がなく前述のとおり昭和六二年三月三一日まで北海道職員として勤務したうえ同日付で北海道を退職した場合、右退職と同時に同会も退職することになるが、その場合、原告は、同会から、会員期間と退会時の年令に応じて(ちなみに、会員期間が二〇年以上で退会時の年令が五五歳以上の場合には退職福祉給付金として最高額である金七〇万円が支給されることになつている。)、金七〇万円の退職福祉給付金の支給を受けることができる筈であつたが、本件事故のため、前述のとおり昭和五五年三月三一日付で北海道を退職し、これと同時に同会を退会したから、同会から金二一万一七一五円の退職福祉給付金の支給を受けるにとどまつた。

しかして、右退職福祉給付金差額の逸失利益につき、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、昭和五五年四月一日の時点におけるその現価を求めれば、金四〇万三六二三円となる。

(一〇) 物損 金一六万三四三〇円

原告は、本件事故により、そのとき着用していた背広、眼鏡および時計を損傷されたため、次のとおり合計金一六万三四三〇円の損害を被つた。

(1) 背広代金 金七万円

(2) 眼鏡代金 金九万〇三八〇円

(3) 時計修理代金 金三〇五〇円

(一一) 弁護士費用 金五〇〇万円

原告は、本件訴訟を弁護士本田勇に委任し、同弁護士に対し、着手金および成功報酬として、日本弁護士連合会の弁護士報酬基準に基づき、本件訴訟物の価額の各四パーセント、合計八パーセントに相当する金額を支払う旨約したが、その範囲内で金五〇〇万円の支払を求める。

5  損害の填補

原告は、本件事故による前記損害について、自賠責保険および被告らから合計金一一四〇万二三九四円の支払を受けた。

6  結び

よつて、原告は被告ら各自に対し前記損害金の残金七〇七九万三九〇九円およびこのうち弁護士費用を除くその余の金六五七九万三九〇九円に対する昭和四六年五月三〇日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否(被告ら)

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、原告が前記受傷により市立函館病院および洞爺病院においてそれぞれその主張の期間入院治療を受けたこと、原告が右各病院において通院治療を受けたことおよび原告がその主張のような後遺障害を残したことは認めるが、その余は知らない。

3  同3(一)(1)の事実中、被告会社が加害車を保有しこれを自己のために運行の用に供していたもので、被告会社に自賠法第三条の損害賠償責任のあることは認めるが、その余は争う。同3(一)(2)の事実中、被告斉藤が被告会社の被用者であり、本件事故当時被告斉藤が被告会社の業務を執行中であつたことは認めるが、その余は争う。

同3(二)の事実中、被告斉藤が加害車を運転して原告主張の道路を赤川方向から本町方向に進行し、本件事故現場の直前に所在する原告主張の交差点に差しかかり、折から進行方向の信号が赤信号であつたため、これに従い同交差点入口に設置されている横断歩道の手前に加害車を停止させて信号待ちをした後、右信号が青信号に変わると同時に加害車を発進させて長さ約八一メートルの同交差点内道路を直進して本町方向に向おうとしたものであること、右道路の指定制限速度が時速四〇キロメートルであることは認めるが、その余は争う。

4  同4(一)ないし(三)の事実は不知もしくは争う。

同4(四)の事実中、入院付添費が原告および被告ら間の合意により原告主張の内訳計算に基づき合計金一四二万九七〇〇円であることは認めるが、その余は争う。

同4(五)、(六)の事実は不知もしくは争う。

同4(七)、(八)の事実は争う。

同4(九)の事実中、原告が大正一五年一一月五日生れの男子で本件事故当時北海道にその主張のとおり勤務していたこと、原告が本件事故に基づく前記後遺障害によりその労働能力の七九パーセントを喪失したこと、原告が昭和五五年三月三一日付をもつて北海道を退職したことは認めるが、その余は不知もしくは争う。原告は本件事故後も北海道職員として在職し本件事故前より多額の給与の支給を受けていたものであるから、昭和五五年四月一日以降も北海道職員として在職できたものであり、本件事故による前記後遺障害と右退職との間に相当因果関係は存しない。また、給与のベースアツプは、物価変動にともなう名目賃金の修正であるから、将来時点におけるほど貨幣価値の下落していない現時点でその全額を受領しうる逸失利益の算定においてこれを考慮すべきでないのみならず、原告が北海道職員として在職し続けた場合に、その給与が原告の在職期間中毎年原告主張の金額宛増額するとは、とうてい予想できない。さらに、退職年金は、勤労収入ではないから、逸失利益の算定においては、これを考慮すべきではない。

同4(一〇)、(一一)の事実は不知もしくは争う。

5  同5の事実は認める。

三  抗弁(被告ら)

1  過失相殺

本件事故の発生については、原告にも次のような過失があるから、被告らの損害賠償の額を定めるにつきこれを斟酌すべきである。

すなわち、本件事故は、原告が、夜間明るくない前記道路を、しかも、自動車による交通量が相当多いため近くに信号機のある横断歩道が設けられているにもかかわらず、これを利用しなかつたばかりか、その信号機が横断歩行者に対して赤信号であつたのに、飲酒酩酊して左右の安全を確認することなく漫然車道を横断したため発生したもので、本件事故の発生については、原告に一方的ないしは主たる過失がある。

2  損益相殺

原告は、原告も自認するとおり、本件事故による前記退職により、昭和五五年四月一日から昭和六二年三月三一日までの期間についても地方公務員等共済組合法に基づく退職年金の支給を受けることができることになり、右期間中に支給される右退職年金の総額金八一七万八一二四円の利益を受けることになつたから、右受益額からライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除のうえ、その残額金七一四万三八〇二円を本件事故による損害額から控除すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。前記道路は、函館市内の主要道路の一つで、日中の交通量は極めて多いものの、夜間午後七時三〇分以降になると交通量も相当量減少するから、本件事故発生時刻たる午後八時四〇分ころには、上下線の交通量も著しく減少していたものと推定される。また、本件事故現場付近は、街灯が設置されていたため、夜間でも明るかつた。そして、原告は、当日花見会があり二か所の宴席で飲食したが、家庭の事情で早寝早起する必要があつたため、右各宴席では飲酒は少量にとどめ、午後八時三〇分ころ二次会の宴席を退席して帰途についたもので、右飲酒により酩酊していたということはないし、前記道路を横断するについては、被告ら主張の横断歩道(なお、右横断歩道には、本件事故当時、歩行者専用の信号機は設置されていなかつた。)を利用しており、右横断を開始するに当つて原告が交差点の交通信号に従つたものであることは、いうまでもない。

2  同2の事実については、請求原因4(九)(5)で自認したところに反する限度で争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  交通事故の発生

請求原因1の事実は原告と被告らとの間において争いがない。

二  治療の状況

同2の事実中、原告が前記受傷により市立函館病院および洞爺病院においてそれぞれその主張の期間入院治療を受けたこと、原告が右各病院において通院治療を受けたことおよび原告がその主張のような後遺障害を残したことは原告と被告らとの間において争いがなく、その余の事実は原告と被告らとの間において成立に争いのない甲第三号証、甲第五六号証、原告と被告らとの間において原本の存在および成立につき争いのない甲第五号証、甲第五七、五八号証、証人向井鶴江の証言により成立を認めうる甲第九ないし第一九号証、甲第二二ないし第二五号証、証人向井鶴江の証言ならびに弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。

三  責任原因および過失割合

1  被告会社の責任原因

(一)  同3(一)(1)の事実中、被告会社が加害車を保有しこれを自己のために運行の用に供していたものであることは原告と被告会社との間において争いがないから、被告会社は、自賠法第三条により、本件事故により生じた後記損害のうち後記物損を除くその余の損害を原告に賠償する責任があるというべきである。

(二)  同3(一)(2)の事実中、被告斉藤が被告会社の被用者であり、本件事故当時被告斉藤が被告会社の業務を執行中であつたことは原告と被告会社との間において争いがなく、また、本件事故の発生につき被告斉藤に過失があることは後述のとおりであるから、被告会社は、民法第七一五条により、本件事故により生じた後記物損を原告に賠償する責任がある。

2  被告斉藤の責任原因および過失割合

(一)  本件事故現場の写真であることにつき原告と被告らとの間において争いがなく、証人向井鶴江の証言および弁論の全趣旨によりその撮影年月日は原告主張のとおりと認められる甲第三四ないし第三六号証、証人田村武三の証言および弁論の全趣旨により原本の存在およびその成立を認めうる甲第三七号証の一ないし四(各一部)、証人森山久正の証言により原本の存在およびその成立を認めうる乙第二号証、証人向井鶴江および同森山久正の各証言、原告および被告斉藤各本人尋問の結果(各一部)、検証の結果ならびに弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

本件事故現場およびその付近の状況は別紙現場見取図(以下単に図面という。)に表示したとおりであり、加害車と原告とが衝突した地点は図面表示の<×>点(以下単に<×>点という。)である。

本件事故の発生した、赤川方向から本町方向に通ずる道路(以下本件道路という。)は、幅員一五ないし一八メートルの全面アスフアルト舗装の平坦な道路で、本件事故現場の手前において変形五差路交差点(以下本件交差点という。)を形成しており、本件交差点の赤川寄りおよび本町寄りの両端にはそれぞれ幅員四メートルの横断歩道(以下赤川寄りの横断歩道を横断歩道A、本町寄りのそれを横断歩道Bという。)が設置されており、横断歩道Bからさらに本町方向へ約三〇メートル進んだ地点から本町方向に向けて図面表示のとおりグリーンベルトが設置されており、右グリーンベルト上には所々に松の大木等が繁茂していた。

そして、横断歩道Aの手前付近から右グリーンベルトの方向を眺めた場合、右グリーンベルトから先方は右松の大木等が障害となるため必ずしも見通しは良くなかつたが、右グリーンベルトまでは何ら障害物がなく、見通しは良好で、また、本件事故現場付近の本件道路両側には図面表示のように四か所に街灯が設置されていたから、本件事故現場付近は、夜間でも比較的明るく、同所に横断歩行者があつた場合横断歩道A付近から本町方向に向う車両の運転者は自車の前照灯の灯火によらずとも容易にこれを確認しうる状態であつた。

被告斉藤は、加害車を運転して本件道路を赤川方向から本町方向に進行して本件交差点に差しかかり、折から進行方向の信号(図面表示の信号機A、Bの各信号)が赤信号であつたため、これに従つて横断歩道Aの手前の図面表示の<1>点(以下単に<1>点という。)に加害車を停止させて信号待ちをした後、右信号が青信号に変わると同時に加害車を発進させ、長さ約八一メートルの本件交差点内道路を直進して本町方向に向おうとしたものである(右事実は原告と被告らとの間において争いがない。)が、本件交差点の信号が本件道路につき青信号であつたこと等に気を許し、横断歩道B付近には横断歩行者はいないものと軽信のうえ、同所付近における歩行者の有無につき確認することなく、そのため、折から後述のとおり本件道路を横断歩行中であつた原告に気づかず、次第に加速しながら、漫然本件道路の指定制限速度である時速四〇キロメートル(本件道路の指定制限速度が時速四〇キロメートルであることは右当事者間において争いがない。)をこえる時速五〇ないし六〇キロメートルで加害車を進行させた。

他方、原告は、本件事故当日、職場の花見会があり、午後六時ころから二か所の宴席で飲食したが、家庭の事情で早寝早起する必要があつたため、右各宴席では飲酒は少量にとどめ、午後八時三〇分ころ二次会の宴席を退席して帰途につき、従つてさほど酩酊していない状態で、図面表示の本件道路西側(白鳥町側)の歩道を本町方向から赤川方向に向けて暫らく歩行して横断歩道Bの手前一〇・八〇メートルの地点に至つたが、このとき、本件交差点の各信号機は、本件道路につき赤信号(図面表示の信号機A、B)を、白鳥町方向から五稜郭公園方向に向う道路につき青信号(図面表示の信号機C)をそれぞれ表示しており、赤川方向から本町方向に向う車両は右信号に従つて横断歩道Aの手前で信号待ちをしており(被告斉藤はこのとき前述のとおり同所で信号待ちをしていた。)、同所から横断歩道Bの方向へ進行してくる車両はなく、また、たまたま本町方向から横断歩道Bの方向へ進行してくる車両もなかつたため、同地点から、自宅のある五稜郭公園方向へ向うべく、本件道路の横断を開始したものであるが、右横断歩行中、本件交差点内の信号や赤川方向からの車両の進行状況に注意を払わなかつたため、本件交差点の信号が、白鳥町方向から五稜郭公園方向に向う道路につき、右横断開始の直後青信号から黄信号に変つた後、さらに黄信号から赤信号に、また、本件道路につき、暫らく赤信号を表示した後、赤信号から青信号にそれぞれ変つたが、これに気づかず、そのため、折から前述のとおり、横断歩道Aの手前の地点から発進して本町方向に向け進行してきていた加害車等の車両の進行状況につき注意を払わず、普通の速度で横断歩行を続けた。

かくて、被告斉藤は、自己が図面表示の<2>点(以下単に<2>点という。)に、このとき原告が同<イ>点(以下単に<イ>点という。)にそれぞれ至り、その間の距離が約一三メートルに接近するまで原告に気づかず、このとき初めて原告を発見し、危険を感じて直ちに急停止の措置をとるとともにハンドルを左に切つて原告との衝突を回避しようとしたが、間に合わず、<×>点で加害車を原告に衝突させ、原告を加害車のボンネツトに跳ね上げたまま図面表示の<3>点まで進行してようやく停止し、原告を図面表示の<ロ>点に転倒させた。なお、本件道路上には、<2>点から<×>点までの間に長さ一一・八〇メートルの二条のスリツプ痕が、また、<×>点から<3>点までの間に長さ八・〇メートルの一条のスリツプ痕がそれぞれ印されていた。

以上の事実が認められ、前顕甲第三七号証の一ないし四記載の被告斉藤の供述および同被告本人尋問の結果のうち、自己が横断歩道Aの手前から発進して<2>点に至るまでの間、原告が先行車による死角内に入つていたため、これを発見することができなかつたものの如くいう部分は容易に信用できず、また、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分もまた容易に信用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(二)  (一)で述べた事実によれば、本件事故の発生については、被告斉藤に前方注視義務違反の過失があるものというべきであるが、他方、原告が前述のとおり自己の進行方向の交通信号が青信号から黄信号に、さらには黄信号から赤信号に変わつたのにこれに気づかず、そのため横断歩道Aの手前から発進して本町方向に向け進行してきていた加害車等の車両の進行状況につき注意を払わず普通の速度で横断歩行を続けたことが本件事故の一因なしたもので、この点原告にも過失があるというべきであるところ、(一)で述べた事実を総合すれば、その過失割合としては、被告斉藤七に対し原告三とみるのが相当である。

四  損害

1  治療費

前顕甲第三号証、甲第九ないし第一九号証、甲第二二ないし第二五号証および甲第五六号証、原告と被告らとの間において原本の存在およびその成立につき争いのない甲第五九号証の一ないし二二、右当事者間において成立に争いのない甲第二号証、甲第六三ないし第六七号証、証人向井鶴江の証言ならびに弁論の全趣旨によれば、原告は前記各入院、通院治療のため治療費として合計金六二七万九三六〇円を要し同額の損害を被つたことが認められる。

なお、原告主張の治療費のうち、金四七七〇円については何らこれを認めるに足りる証拠はなく、また、金三八〇〇円については診断書、明細書料であるため次項の金額に含めてこれを認定することとする。

2  診断書、明細書料

前顕甲第二、三号証、甲第五九号証の一ないし二二、甲第六三号証および甲第六五号証ならびに弁論の全趣旨によれば、原告は前記各入院、通院治療に付随する診断書、明細書料として合計金一万三九〇〇円を要したことが認められるが、右は治療費に準ずる、本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

3  入院諸雑費

(一)  市立函館病院および洞爺病院入院関係分

原告と被告らとの間において成立に争いのない乙第六号証の一ないし一九、右当事者間において原本の存在につき争いがなく証人田村武三の証言によりその成立を認めうる甲第六二号証の一、二、証人田村武三の証言ならびに弁論の全趣旨によれば、被告らは昭和四七年二月一六日原告に対し前述の右各病院入院に伴う入院諸雑費として一か月金三万一五六〇円を支払う旨約し、同日右基準に従い同月分までの入院諸雑費を支払うとともに、その後も毎月右の基準による入院諸雑費の支払を続け、昭和四八年五月一八日ころまでの間に原告に対し右各病院入院に伴う入院諸雑費として少くとも原告主張の金六〇万八四四五円を支払つたことが認められる。

(二)  函館中央病院入院関係分

前述の右病院入院に伴う入院諸雑費としては、入院一日につき金五〇〇円とし、その二五日分合計金一万二五〇〇円と算定するのが相当である。

4  入院付添費

前述の市立函館病院および洞爺病院における入院付添費につき、原告と被告らが原告主張の内訳のとおり合計金一四二万九七〇〇円とする旨合意したことは原告と被告ら間において争いがない。

5  子の監護費用

証人向井鶴江および同田村武三の各証言、これにより成立を認めうる甲第四〇、四一号証ならびに弁論の全趣旨によれば、請求原因4(五)の事実が認められるところ、右認定の子の監護費用金七一万六〇〇〇円は本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

6  本人および家族等の通院交通費

証人向井鶴江および同田村武三の各証言ならびに弁論の全趣旨によれば、請求原因4(六)の事実が認められるところ、右通院交通費金七万四三〇〇円は本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

7  入院通院期間中の慰藉料(傷害慰藉料)

入院通院期間中の慰藉料は、前述の原告の受傷の部位程度、入院通院期間等を総合すると、金一五〇万円が相当と認められる。

8  後遺障害慰藉料

後遺障害に対する慰藉料は、前述の原告の後遺障害の程度、後述の原告の年齢等を総合すると、金三〇〇万円が相当と認められる。

9  逸失利益

(一)  給与・賃金分

請求原因4(九)の事実中、原告が大正一五年一一月五日生れの男子で本件事故当時北海道にその主張のとおり勤務していたこと、原告が本件事故による前記後遺障害によりその労働能力の七九パーセントを喪失したことおよび原告が昭和五五年三月三一日付をもつて北海道を退職したことは原告と被告らとの間において争いがなく、右当事者間において成立に争いのない甲第四号証、甲第四五号証の一ないし三、甲第五〇号証の一、二および甲第五五号証の二、右当事者間において原本の存在およびその成立につき争いのない甲第五ないし第七号証および甲第四六号証、証人向井鶴江の証言、原告本人尋問の結果(一部)、北海道知事に対する調査嘱託の結果ならびに弁論の全趣旨を総合し、北海道の昭和五五年一二月二四日条例第八〇号による改正後の北海道職員の給与に関する条例(以下給与条例という。)に従つて考えれば、原告は、昭和四八年六月一日一応職場に復帰してみたものの、前記後遺障害によりとうてい運転技術員としての職務に堪えなかつたため、職員厚生係に配置換され、上司から仕事はできなくてもよいからと励まされ、その後も前述のとおり通院、入院治療を継続しながら、勤務を続けていたが、前記後遺障害のため職員厚生係の職務についても何一つとして満足な仕事ができなかつたため、右職務に伴う肉体的精神的苦痛に堪えかね、長男が一八歳に達するのを待ちかねるようにして、昭和五五年三月三一日付をもつて五三歳で北海道を勧奨退職することになつたものであること、ところで、本件事故がなければ、原告は、同年四月一日以降も、六〇歳に達する年の翌年昭和六二年三月三一日まで北海道職員として勤務し、その間北海道から年額金四五七万三四五四円(昭和五四年分の給与額である金四六四万八八〇四円から右勧奨退職に伴う優遇措置として行われた昭和五四年一〇月一日付特別昇格および特別昇給による給与の増額分金七万五三五〇円を控除した残額)の給与の支給を受けることができたものと認められ、また、以上の事実に基づき社会通念に照らして考えれば、原告は、昭和六二年三月三一日付をもつて北海道を退職し、右退職後は他に再就職して少くとも七年間は就労し、右期間中少くとも右給与額の六〇パーセント相当額の賃金収入を得ることができたものと推認するのが相当であるところ、以上の事実ならびに弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故により右給与および賃金収入の少くとも七九パーセントを喪失したことが認められる。

右逸失利益につき、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故当日である昭和四六年五月二九日の時点におけるその現価を求めれば、別紙計算書1(給与・賃金分)記載のとおり金二二九九万一〇七三円となる。

(二)  定期昇給分

本件事故がなければ、原告は(一)で述べたとおり昭和五五年四月一日以降も昭和六二年三月三一日まで北海道職員として勤務できたものであるところ、原告と被告らとの間において成立に争いのない甲第二六ないし第三二号証および甲第四七号証の一ないし四、右当事者間において原本の存在とその成立につき争いのない甲第四二号証、前顕甲第五〇号証の一、二、証人向井鶴江の証言、原告本人尋問の結果(一部)ならびに弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故前北海道職員として良好な成績で勤務を続け毎年一月一日付で定期昇給してきたものであることが認められ、右事実に基づき、給与条例に従つて考えれば、本件事故がなければ、原告は、昭和五五年四月一日以降も良好な成績で勤務を続け、昭和五六年から満六〇歳に達する昭和六一年に至るまでの間毎年一月一日付で六回にわたり定期昇給することができたものと認められ、原告と被告らとの間において成立に争いのない甲第四三号証の一、二、前顕第四六号証によれば、右各定期昇給における昇給分月額は少くとも原告主張の月額金二四〇〇円、同年額は一二か月給料分および年間期末・勤勉手当、(支給率給料の四・九か月分)で合計金四万〇五六〇円であることが認められ、以上の事実および(一)で述べた事実によれば、本件事故がなければ原告は(一)で述べた収入のほかに昭和五五年四月一日以降昭和六二年三月三一日までの期間右各定期昇給による収入を得ることができたものであるところ、本件事故のため右収入の少くとも七九パーセントを喪失したことが認められ、以上の認定を覆えすに足りる証拠はない。

右逸失利益につき、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して前記時点におけるその現価を求めれば、別紙計算書2(定期昇給分)記載のとおり、少くとも原告主張の金一八万一八〇二円となる。

(三)  ベースアツプ分

本件事故がなければ、原告は(一)で述べたとおり昭和五五年四月一日以降もなお一四年間にわたり北海道職員等として勤務ないし就労できたものであるところ、(一)で述べた事実に前顕甲第四五号証の一ないし三、甲第四六号証および甲第五五号証の二ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は本件事故がなければ昭和五五年四月一日当時北海道から給与条例による改正前の行政職給料表五等級五六号俸月額金二五万四九〇〇円の支給を受けていたものと認められ、右事実に基づき給与条例に従つて考えれば、本件事故がなければ、原告は、昭和五五年実施のベースアツプにより同年四月一日以降給料月額が金一万一〇〇〇円増額し、これに応じて給与年額が給料一二か月分および前記期末・勤勉手当分で合計金一八万五九〇〇円増額し、その結果、原告は、(一)、(二)で述べた各収入のほかに、同日以降昭和六二年三月三一日までの七年間は年額右金一八万五九〇〇円の収入を、また、同年四月一日以降昭和六九年三月三一日までの七年間は金一一万一五四〇円(右金一八万五九〇〇円の六〇パーセント相当額)の収入をそれぞれ得ることができたものであることが認められ、以上の事実および(一)で述べた事実によれば、原告は本件事故のため前同様右各収入の少くとも七九パーセントを喪失したことが認められる。

右逸失利益につき、ホフマン式計算により年五分の割合による中間利息を控除して前記時点におけるその現価を求めれば、別紙計算書3(ベースアツプ分)記載のとおり金九三万四五三一円となる。

なお、原告は、昭和五六年以降についても毎年その主張のベースアツプが実施される見込みであるとして、これによる前記給与および賃金増額による収入の七九パーセントを逸失利益として主張しているが、いわゆるベースアツプは、経済変動等に伴つて賃金を上昇させるもので、これには貨幣価値の下落に伴う名目賃金の修正としての部分と労働力の対価それ自体の高騰に伴う実質賃金の上昇としての部分とを含むものと観念され、後者の部分は逸失利益の算定の基礎として考慮すべきことはもちろんであるが、前者の部分は右算定の基礎として考慮するのは相当でないところ、口頭弁論終結後におけるベースアツプ実施の見込みにつき的確な認定をすること自体極めて困難であるのみならず、右ベースアツプ中における右各部分を区分することは事実上ほとんど不可能であるから、逸失利益の算定にあたつては、一種の控え目な算定方法として、右ベースアツプは、口頭弁論終結時までに実施されたものに限り考慮するものとし、その後実施される見込みのものについてはこれを考慮しないものとするのが相当である。よつて、右の立場から、原告の右主張は採用の限りではない。

(四)  退職手当差額分

(一)で述べた事実に原告と被告らとの間において成立に争いのない甲第四四号証の一、二、甲第五五号証の一および三、前顕甲第四五号証の三および甲第五五号証の二、北海道知事に対する調査嘱託の結果ならびに弁論の全趣旨を総合し、北海道の北海道職員等の退職手当に関する条例(以下退職手当条例という。)に従つて考えれば、本件事故がなければ、原告は前述のとおり昭和六二年三月三一日まで北海道職員として勤務したうえ同日付をもつて勧奨退職し、その際、北海道から、退職手当条例により、その時点までの勤続期間(三五年一一月)およびその時点における給料月額(右金額は、少くとも(三)で述べた昭和五五年四月一日当時の給料月額金二五万四九〇〇円に、(二)で述べた六回分の定期昇給額金一万四四〇〇円と、(三)で述べたベースアツプ分金一万一〇〇〇円と右勧奨退職に伴う優遇措置として行われる特別昇格・特別昇給による昭和五五年三月三一日付勧奨退職時のそれと同額の昇給額金一万七三〇〇円とを加えた金二九万七六〇〇円を下らない。)を基礎として別紙計算書4(退職手当差額分)(一)記載のとおり計算される金二一二一万二九二八円の退職手当の支給を受けたものと認められ、右金額につきホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して昭和五五年三月三一日の時点におけるその現価を求めれば、右計算書(二)記載のとおり金一五七一万二四一五円となるところ、前掲各証拠によれば、原告は前述のとおり右同日付をもつて勧奨退職したため右退職手当として金一五五八万〇七二八円の支給を受けるにとどまつたことが認められる。

しかして、右退職手当差額の逸失利益につき、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、昭和四六年五月二九日(本件事故当日)の時点におけるその現価を認めれば、右計算書(三)記載のとおり金九万〇八一一円となる。

(五)  退職年金差額分

(1) 地方職員共済組合北海道支部長に対する調査嘱託の結果ならびに弁論の全趣旨によれば、原告は、前述の昭和五五年三月三一日付北海道退職に伴い、地方公務員等共済組合法(以下共済組合法という。)に基づき別紙計算書5(退職年金差額分)(一)記載のとおり算定された年額金一三六万九六〇〇円の退職年金を受給することになつたことが認められ、右事実および(一)、(四)で述べた事実に前顕調査嘱託の結果ならびに弁論の全趣旨を総合し、共済組合法およびその関係諸法令に従つて考えれば、原告が前述のとおり昭和六二年三月三一日付をもつて北海道を退職するものとした場合に原告が同法に基づき同年四月一日以降受給すべき退職年金額は、その計算の基礎となる各給料年額が前記退職の場合に比し(二)で述べた定期昇給および(三)で述べたベースアツプによりそれぞれ金三〇万四八〇〇円多額となり、組合員期間が前記退職の場合に比し七年長期となつたことに基づき(その余の計算の基礎は前記算定において採用されたところに従い)、右計算書(二)記載のとおり金一八六万三一〇〇円と算定するのが相当と認められる。

以上の事実ならびに弁論の全趣旨によれば、本件事故がなければ、原告は前述のとおり昭和六二年三月三一日付をもつて北海道を退職しこれに伴い昭和六二年四月一日以降平均余命期間であるその後の一六年間にわたり年額一八六万三一〇〇円の退職年金を受給できたものであるのに、本件事故により前述のとおり昭和五五年三月三一日付をもつて北海道を退職したため右一六年間については年額金一三六万九六〇〇円の退職年金を受給するにとどまることになつたことが認められる。

右退職年金差額の逸失利益につき、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、昭和四六年五月二九日(本件事故当日)の時点におけるその現価を求めれば、右計算書(三)記載のとおり金三五八万七五九六円となる。

(2) そこで被告らの損益相殺の抗弁につき判断するに、(一)で述べた事実に(1)掲記の調査嘱託の結果を総合すれば、原告は、本件事故のため、前述のとおり北海道退職が早まつた結果、本件事故がなければ受給することのできなかつた昭和五五年四月一日以降昭和六二年三月三一日までの期間についても、共済組合法に基づき、昭和五五年四月一日以降昭和五六年一一月三〇日までの期間につき年額金五二万四一五五円の、同年一二月一日から昭和六二年三月三一日までの期間につき年額金一三六万九六〇〇円の退職年金を受給することになりこれによる受益を受けたことが認められるが、右受益につき、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、前記時点におけるその現価を求めれば、右計算書(四)記載のとおり金四八九万三一七七円となる。

そこで、右受益金をもつて(1)の損害金とを損益相殺すれば、右計算書(五)記載のとおり、(1)の損害金全額が消滅し、なお受益金一三〇万五五八一円が残存することとなり、右残存額は9のその余の逸失利益の内金と損益相殺すべきことになる。

(六)  退職福祉給付金差額分

(一)で述べた事実に財団法人北海道職員互助会理事長に対する調査嘱託の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、北海道職員として昭和二九年五月一日財団法人北海道職員互助会に入会していたから、本件事故がなく前述のとおり昭和六二年三月三一日北海道を退職しこれと同時に同会を退会した場合、同会から会員期間が二〇年以上で退会時の年齢が五五歳以上との要件をみたすということで退職福祉給付金として最高額の金七〇万円を受給できたものであることが認められ、右金額につきホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して昭和五五年三月三一日の時点におけるその現価を求めれば、別紙計算書6(退職福祉給付金差額分)(一)記載のとおり金五一万八四九〇円となるところ、前掲事実および証拠等を総合すれば、原告は本件事故のため前述のとおり同日付をもつて北海道を退職するとともに、右要件をみたさずして同会を退会することになつたため、同会から退職福祉給付金として金二一万一七一五円を受給したにとどまつたことが認められる。

右退職福祉給付金差額の逸失利益につき、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、昭和四六年五月二九日(本件事故当日)の時点におけるその現価を求めれば、右計算書(二)記載のとおり金二一万一五五二円となる。

10  物損

証人田村武三の証言ならびに弁論の全趣旨によれば、原告が本件事故により背広、眼鏡および時計を損傷され、その主張のとおり合計金一六万三四三〇円の損害を被つたことが認められる。

五  過失相殺

四で述べたところによれば、原告が本件事故により被つた弁護士費用を除くその余の損害の前記損益相殺後の額は合計金三六九〇万一八二三円となるところ、三2で述べた原告の過失を斟酌すれば、原告が被告ら各自に対し賠償を請求しうる損害額はこのうち七割に相当する金二五八三万一二七六円であるといわなければならない。

六  損害の填補

原告が本件事故による損害について自賠責保険および被告らから合計金一一四〇万二三九四円の支払を受けたことは原告と被告らとの間において争いがないから、五の金額からこれを控除すると、その残額は金一四四二万八八八二円となる。

七  弁護士費用

原告本人尋問の結果(一部)ならびに弁論の全趣旨によれば、原告は、本件訴訟を弁護士本田勇に委任し、同弁護士に対し着手金および成功報酬として日本弁護士連合会の弁護士報酬基準に基づき本件訴訟物の価額ないし認容額の各四パーセントに相当する金額を支払う旨約したことが認められるが、以上に顕われた本件事案の内容に照らし勘案すると、本件事故と相当因果関係のある損害額としては、このうち認容額の約一割に相当する金一五〇万円とするのが相当である。

八  結論

以上によれば、原告の請求は、被告ら各自に対し六および七の各金員の合計金一五九二万八八八二円およびこのうち六の金員金一四四二万八八八二円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四六年五月三〇日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がないから、右の限度でこれを認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松尾政行)

交通費支出明細

一 洞爺病院・札幌医大病院入通院交通費

原告及び付添人たる妻両名の交通費である。

1 昭和四七年一二月一二日

洞爺病院・洞爺駅間

タクシー、片道金七〇〇円、往復 金一、四〇〇円

洞爺駅・札幌駅間

特急、片道特急券一人金六〇〇円、乗車券一人金七二〇円、二名分往復 金五、二八〇円

2 昭和四七年一二月二八日

洞爺病院・洞爺駅間

タクシー、片道金七〇〇円、往復 金一、四〇〇円

洞爺駅・函館駅間

特急、片道特急券一人金六〇〇円、乗車券一人金六三〇円、二名分往復 金四、九二〇円

函館駅・自宅間

タクシー、片道金三三〇円、往復 金六六〇円

3 昭和四九年三月四日

自宅・函館駅間

タクシー、片道金四〇〇円、往復 金八〇〇円

函館駅・洞爺駅間

特急、特急券、乗車券の料金は前項に同じ。二名分往復 金四、九二〇円

洞爺駅・洞爺病院間

タクシー、片道金七〇〇円、往復 金一、四〇〇円

以上合計 金二〇、七八〇円

二 市立函館病院通院交通費

1 昭和四八年五月二二日と同年六月五日(脳波検査)

自宅・病院間

タクシー、片道金五一〇円、往復 金二、〇四〇円

2 昭和四九年二月二五日と同月二六日(右同)

タクシー、片道金六一〇円、往復 金二、四四〇円

3 昭和四八年五月二三日より同四九年二月二六日まで(眼科検査)

自宅・病院間

タクシー、片道金五一〇円、往復一二回分 金一二、二四〇円

以上合計金一六、七二〇円

三 洞爺病院通院交通費

昭和五〇年二月二五日と同年七月二一日の二回(検査)

自宅・函館駅間

タクシー、片道金五〇〇円、往復二回 金二、〇〇〇円

函館駅・洞爺駅間

特急、特急券片道一人金七〇〇円、乗車券片道一人金七七〇円、往復二回、二名分(付添人妻) 金一一、七六〇円

洞爺駅・洞爺病院間

タクシー、片道金一、〇二〇円、往復二回 金四、〇八〇円

以上合計金一七、八四〇円

四 原告の子智子及び英一並びにその付添人らの交通費

昭和四七年秋、同四八年冬休、同年夏休の三回洞爺病院を往復した。

函館駅・洞爺駅間

特急、特急券大人片道一人金六〇〇円、子供片道一人金三〇〇円、乗車券大人片道一人金六三〇円、子供片道一人金三一五円、三回往復 金一四、七六〇円

洞爺駅・洞爺病院間

タクシー、片道金七〇〇円、三回往復 金四、二〇〇円

以上合計 金一八、九六〇円

計算書1(給与・賃金分)

(一) 昭和55年4月1日から昭和62年3月31日までの期間における給与分の逸失利益の昭和46年5月29日(本件事故当日)における現価計算

4,573,454円×(11.5363-7.2782)×0.79=15,384,637円(円未満切捨)

(二) 昭和62年4月1日から昭和69年3月31日までの期間における賃金分の逸失利益の上記時点における現価計算

4,573,454円×0.6×(15.0451-11.5363)×0.79=7,606,436円(同上)

以上合計 22,991,073円

(付記) 昭和46年5月29日から昭和55年3月31日までの期間については、計算の便宜上、これを9年として計算した。

計算書2(定期昇給分)

(一) 昭和56年1月1日昇給分の逸失利益の昭和46年5月29日(本件事故当日)における現価計算

40,560円×(11.5363-7.9449)×0.79=115,077円(円未満切捨)

(二) 昭和57年1月1日昇給分の逸失利益の上記時点における現価計算

40,560円×(11.5363-8.5901)×0.79=94,403円(同上)

(三) 昭和58年1月1日昇給分の逸失利益の上記時点における現価計算

40,560円×(11.5363-9.2151)×0.79=74,376円(同上)

(四) 昭和59年1月1日昇給分の逸失利益の上記時点における現価計算

40,560円×(11.5363-9.8211)×0.79=54,959円(同上)

(五) 昭和60年1月1日昇給分の逸失利益の上記時点における現価計算

40,560円×(11.5363-10.4094)×0.79=36,108円(同上)

(六) 昭和61年1月1日昇給分の逸失利益の上記時点における現価計算

40,560円×(11.5363-10.9808)×0.79=17,799円(同上)

以上合計 392,722円

(付記) <1> 昭和46年5月29日から昭和56年1月1日までの期間については、計算の便宜上、これを10年として計算した。

<2> 昭和62年1月1日から同年3月31日までの期間における上記各昇給分逸失利については計算から除外している。

計算書3(ベースアツプ分)

(一) 昭和55年4月1日から昭和62年3月31日までの期間におけるベースアツプ分の逸失利益の昭和46年5月29日(本件事故当日)の時点における現価計算

185,900円×(11.5363-7.2782)×0.79=625,348円(円未満切捨)

(二) 昭和62年4月1日から昭和69年3月31日までの期間におけるベースアツプ分の逸失利益の上記時点における現価計算

185,900円×0.6×(15.0451-11.5363)×0.79=309,183円(同上)

以上合計 934,431円

(付記) 昭和46年5月29日から昭和55年3月31日までの期間については、計算の便宜上、これを9年として計算した。

計算書4(退職手当差額分)

(一) 昭和62年3月31日付勧奨退職の場合の退職手当額の計算

297,600円×59.4×120/100=21,212,928円(円未満切捨)

(二) (一)の金額の昭和55年3月31日の時点における現価計算

21,212,928円×0.7407=15,712,415円(同上)

(三) 退職手当差額の逸失利益の昭和46年5月29日(本件事故当日)の時点における現価計算

(15,712,415円-15,580,728円)×0.6896=90,811円

(付記) 昭和46年5月29日から昭和55年3月31日までの期間については、計算の便宜上、これを9年として計算した。

計算書5(退職年金差額分)

(一) 昭和55年3月31日付退職により原告が受給することになつた退職年金額の計算

(1) 地方公務員等共済組合の長期給付等に関する施行法(以下施行法という。)第11条第1項第1号期間の分

給料年額3,030,000円×支給率2/51=118,823円53銭

(2) 施行法第11条第1項第2号期間の分

給料年額3,223,200円×支給率2160/22500=309,427円20銭

(3) 施行法第11条第1項第5号期間の分

給料年額3,126,600円×支給率36/100=1,125,576円

(4) 控除額(旧法退職一時金)

給料年額3,223,200円×0.75×4/100=96,696円

(5) 同(新法退職一時金)

給料年額3,126,600円×1.4×2/100=87,544円80銭

退職年金額=〔(1)+(2)+(3)〕-〔(4)+(5)〕=1,369,600円(50円以上100円未満切上)

(二) 原告が昭和62年3月31日付で退職するものとした場合の退職年金額の計算

(1) 施行法第11条第1項第1号期間の分

給料年額(3,030,000円+304,800円)×支給率2/51=130,776円47銭

(2) 施行法第11条第1項第2号期間の分

給料年額(3,223,200円+304,800円)支給率×2160/22500=338,688円

(3) 施行法第11条第1項第5号期間の分

給料年額(3,126,600円+304,800円)支給率×46.5/100=1,595,601円

(4) 控除額(旧法退職一時金)

給料年額(3,223,200円+304,800円)×0.75×4/100=105,840円

(5) 同(新法退職一時金)

給料年額(3,126,600円+304,800円)×1.4×2/100=96,079円20銭

退職年金額=〔(1)+(2)+(3)〕-〔(4)+(5)〕=1,863,100円(50円未満切捨)

(三) 昭和62年4月1日から昭和78年3月31日までの期間における退職年金差額の逸失利益の昭和46年5月29日(本件事故当日)の時点における現価計算

(1,863,100円-1,369,600円)×(18.8060-11.5363)=3,587,596円(円未満切捨)

(四) 昭和55年4月1日から昭和62年3月31日までの期間における退職年金受給による受益の上記時点における現価計算

(1) 昭和55年4月1日から昭和57年3月31日までの期間の分

(524,155円×20/12+1,369,600円×4/12)×0.6451=858,062円(同上)

(2) 昭和57年4月1日から昭和62年3月31日までの期間の分

1,369,600円×(11.5363-8.5901)=4,035,115円(同上)

以上合計 4,893,177円

(五) (三)の金額から(四)の金額の差引計算

3,587,596円-4,893,177円=-1,305,581円

(付記) (三)、(四)においては、昭和46年5月29日から昭和55年3月31日までの期間につき、計算の便宜上、これを9年として計算している。

計算書6(退職福祉給付金差額分)

(一) 昭和62年3月31日付退職の場合に受給する金70万円の退職福祉給付金の昭和55年3月31日の時点における現価計算

700,000円×0.7407=518,490円

(二) 退職福祉給付金差額の昭和46年5月29日(本件事故当日)の時点における現価計算

(518,490円-211,715円)×0.6896=211,552円(円未満切捨)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例